火薬御飯

Category :  ミリタリー
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むしろ合衆国の目論見によって、内政型だったムアマル・カダフィが国際
舞台に悪役として祭り上げられた感がある。この15年前には 状況が酷似
したトンキン湾事件があったが、米海軍の一方的挑発だったと暴露された。

1981年8月19日早朝、シドラ湾沖の公海上で哨戒行動中のF-14に向けて
リビア空軍のSU-22M 2機が接近、空対空ミサイルを発射するが、逆に2
機とも撃墜される。攻撃機のSU-22MとF-14の性能は比較にならなかった。
SU-22M(SU-17)リビア空軍
SU-17のダウングレード版がサイドワインダーのコピー版AA-2を搭載して、
アメリカの最新鋭空母ニミッツに接近したところで、然程の驚異では無かっ
たのではないかと察せられるが、先制攻撃をしてしまった事に違いはない。

一方で単機の性能差のみならず、空母や早期警戒機からの膨大な管制
データによって、ほぼ一方的な勝利とその後の名声を手中にしたF-14A。
VF-41 F-14A(コールサイン「FAST EAGLE102」機体No.160403 ヘンリー・クリーマン中佐、デイブ・ベンレット大尉 「FAST EAGLE107」機体No.160380 ラリー・マクジンスキー大尉、ジム・アンダーソン中尉
時期的に 未だロービジビリティでなく外観も派手だった。この武力衝突が
映画TOPGUNのモチーフとなった。またシドラ湾事件の前年に公開された
The Final Countdownというジパングのような映画の中で、零戦を撃墜する
という快挙を成し遂げると共に その高度な飛行性能を派手にアピールした。

おかげで人気のあるF-14ではあるが、制空戦闘に特化し汎用性が低い上、
高価なユニットコストのため、既に全機退役。同期のF-15に比べ、目立った
戦果も無かったが、合衆国海軍の広告塔としては成功を収めたと言える。

SU-17(Su-22M)は当初SU-7を改造した可変翼の研究機と思われていた。
これはSU-7の後退翼デルタ翼に変更し迎撃戦闘機としたSu-9フィッシュ
ポッド
があったからだ。そのためSU-17にはSU-7と同じ フィッターNATO
コード
が付けられ サブタイプとして扱われた。同期のMiG-23・MiG-27等に
比べると 如何にも中途半端だが、結果として 簡便な構造と爆装に有利な
ハードポイントを持つに至り、地域紛争では使い勝手の良い戦闘爆撃機と
して、現在も改良を重ねながら第三世界でも稼動し続ける成功作となった。
SU-17.jpg
ミグに比べ スホーイの知名度が低いのは、政治的理由によるものだが、
結果として共産圏第三国の劣悪な使用条件にも耐え得る堅実で比較的
廉価な設計と装備でまとめられていた。ミグが有名になったのはビクトル
・ベレンコの亡命事件
。スホーイは大韓航空機撃墜事件で悪名を馳せた。
その後、旧ソ連の崩壊に伴って、ミコヤンの政治力は低下。スホーイが
急速に頭角を現す事になる。フランカーは共産圏の主力になりつつある。
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テーマ:歴史雑学 - ジャンル:学問・文化・芸術

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