火薬御飯

Category :  ミリタリー
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1976年9月6日正午過ぎ、沿海州 PVOストラーヌイ所属の迎撃戦闘機
Mig-25P の内1機が、訓練空域を離れ日本領空に侵入する。自衛隊の
追跡を振り切ったMigは函館空港に強行着陸。日本は元より東西両陣営
を震撼させた ビクトル・べレンコ亡命事件は、その後に尾を引くことになる。
МиГ-25П Виктор Беленко mig-25 foxbat
後年、小説映画の題材になるほどセンセーショナルな事件だったが、当
のアメリカは予算獲得のため ボマーギャップなど 旧ソ連兵器をSF並みに
過大評価や誇張して吹聴する向きがあり 最新鋭機の実態に寧ろ冷笑する。

Mig25は 実際にはMig23よりも早く 実用化と配備が進んでいる。この機
の配備が急がれた事が伺えるが 空軍はMig-21やSu-9に頼らざるを得な
かった。国土防空軍の体制に組み込まれた迎撃機が 他国に出てしまった
失態の衝撃は大きく、防空戦略や兵員の待遇まで 大幅な刷新を迫られた。
МиГ-25П Виктор Беленко ミグ25 函館空港
べレンコ中尉の指示で偽装をするのは、空港の管轄権の問題から 自衛隊
ではなく 地元警察。国際法上、機体への臨検や兵士の尋問は許容されて
いるが、ソ連軍は機密保持のため、空爆やコマンド部隊による機体の破壊
なども計画していた。自衛隊は空港周辺や沿岸に転回し、その警戒に当る。

ほぼ有視界飛行で飛ぶMig‐25を追跡した航空自衛隊F‐4EJは、レーダー
がクラッターを起こし目標をロスト。もっとも 当時の自衛隊機は曳光弾すら
積んでいなかったという。防空体制より自衛隊の存在の矛盾が表面化する。
「函館の皆さんさようなら 大変ご迷惑をかけました」  ロッキード C-5 ギャラクシー輸送機
自衛隊はともかく、日本政府は ロッキード事件三木おろし の真っ最中。
政財界の腐敗ぶりは中国に近い。その中国では 毛沢東の死去と「四人組」
逮捕。 ベトナム戦争が終結した翌年、クメール・ルージュポル・ポト政権
樹立など、日本を含む極東アジアの混迷ぶりは今では想像するのも難しい。
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テーマ:航空機全般 - ジャンル:趣味・実用

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